エレベーターのOtisは、機械を売り切るだけの会社ではない。設置した設備を保守し、故障を直し、古くなれば更新する。建物が使われる限り接点が残ることが、事業の強さだ。
ただし、保守・更新需要の拡大と、株主に残る現金の増加は別である。最新決算ではサービス売上が伸びても前年より利益率が下がった。新設の採算悪化、先行する人員・価格設定への投資、還元と負債を合わせて見ると、「安定収入だから安心」とだけ読むことはできない。
情報基準日は2026年10月29日。長期比較は12月期の連結US GAAP実績、最新期は10月28日6:08米東部夏時間公表の2026年7〜9月期と1〜9月累計を使う。市場予想や現在株価との比較は行わない。
新設から保守へ。ただし顧客を囲い込めるとは限らない
新設は建物の開発・建設に左右される。一方、保守の顧客は建物所有者や管理会社で、新設を発注した顧客と異なる場合もある。サービス部門には定期保守だけでなく、修理と更新工事が含まれる。他社製の設備も保守するため、売上全体を自社の新設台数だけで説明することもできない。
強みは設備の設置基盤、部品・技術情報、現場のサービス網、そして建物を止めない対応力だ。近隣に保守先が密集すれば移動時間を抑えやすい、という収益上の利点も考えられる。ただしこれは分析上の仕組みであり、地域別の移動時間短縮額を確認したわけではない。
競争は続く。契約更新時には他メーカーや独立系保守会社に切り替わる余地があり、Otis自身も他社からの契約獲得を成長手段としている。「新設を取れば、その後の保守利益まで確定」とはならない。2025年年報・PDF14〜15頁
収益認識にも注意したい。新設・更新の工事では、見積総原価に対する実際の発生原価を基に進捗を測り、期間にわたって収益を計上する。完成時にまとめて現金を受け取り、同時に利益が確定する仕組みではない。原価見積りが変われば、過去の進捗分にも調整が及ぶ。受注残の増加は将来の仕事を示すが、その仕事の利益率と回収時期は別に確認すべきだ。同年報・PDF56〜57頁
5年の売上は横ばいでも、中身は変わった
単位は百万米ドル。営業利益は調整前、純利益はOtis株主帰属。営業CFは営業活動による現金収入であり、純利益とは異なる。
| 12月期 | 2021 | 2022 | 2023 | 2024 | 2025 |
|---|---|---|---|---|---|
| 売上高 | 14,298 | 13,685 | 14,209 | 14,261 | 14,431 |
| 新設売上 | 6,428 | 5,864 | 5,812 | 5,367 | 4,989 |
| サービス売上 | 7,870 | 7,821 | 8,397 | 8,894 | 9,442 |
| 営業利益 | 2,108 | 2,033 | 2,186 | 2,008 | 2,133 |
| 株主帰属純利益 | 1,246 | 1,253 | 1,406 | 1,645 | 1,384 |
| 営業CF | 1,750 | 1,560 | 1,627 | 1,563 | 1,596 |
| 設備投資支出 | 156 | 115 | 138 | 126 | 152 |
2023年年報・PDF66、70頁/2025年年報・PDF67、71頁。連結範囲・為替を含む報告値であり、同一範囲の実質成長率ではない。
筆者計算では、サービスの売上比率は2021年の55.0%から2025年の65.4%に上がった。一方、2025年の営業CFは2021年を下回る。つまり、高収益のサービスへ構成が移ることだけで、全社の利益や現金が毎年増えるわけではなかった。
純利益の山谷も本業だけで説明できない。2024年にはドイツの税務訴訟に伴う税金・利息の利益と関連費用が発生し、現金還付の一部は翌年以降となった。税効果が出た年と現金が入る年を混ぜないことが重要だ。2025年10-K・税率、流動性・CFの説明
最新決算の焦点は「サービス成長の採算」
2026年7〜9月のサービス売上は2,433→2,616百万ドル、部門利益は621→633百万ドル。しかし利益率は25.5→24.2%に低下した。前四半期からの改善と前年同期からの悪化が同時に成立する。
会社説明では、数量・価格・一部の人件費削減が寄与する一方、戦略投資を含む人件費や構成が重荷となった。サービス内でも、買収・為替等を除く有機増収率は保守・修理4%、更新20%。保守契約の継続収入と、施工・人員を要する更新工事をひとまとめにしない方が、利益率の変化を理解しやすい。
新設は売上1,257→1,298百万ドルに増えたが、部門利益は59→42百万ドル。米州・欧州等の成長を中国の大幅減収が一部相殺し、不利な価格・構成が利益を圧迫した。これは「中国が弱い」だけでは足りず、他地域で得た仕事がどの採算で売上になっているかという問題でもある。
全社のGAAP営業利益は586→620百万ドルに増えたのに対し、調整後は632→626百万ドル。前年の改革・分離関連費用などの反動があるため、会計上の増益をそのまま基礎収益力の改善としない。Otis発表・Q3部門、利益調整表
同業との比較でも、指標の階層を合わせる必要がある。Schindlerの1〜9月全社報告EBIT利益率は13.5%、Otisの同期間の全社GAAP営業利益率は15.3%。ただしUS GAAPとIFRS、事業・地域構成は異なる。Otisのサービス部門24.2%をSchindlerの全社13.5%と並べ、「保守競争力が倍」とする比較はしない。注目すべきなのは、同じ更新需要を捉えても、全社利益への変換が違う可能性である。Schindler・10月22日公表/Otis・1〜9月全社数値
現金収支は「還付を除けば」と「実際に払った」を両方見る
本稿の簡易FCFは、営業CF−設備投資支出。2025年は1,596−152=1,444百万ドルだった。配当647と自己株買い809の合計1,456百万ドルだけでこれをわずかに上回る。さらに買収や少数株主持分の取得、借入返済などがある。少数株主持分を買う取引は、既に連結している子会社の売上を新たに増やすとは限らず、親会社に帰属する利益・現金の取り分を変える投資だ。2025年年報・PDF71〜73頁
2026年1〜9月は営業CF1,017−設備投資116=簡易FCF901百万ドル。会社の調整後FCFは834百万ドルで、こちらの方が小さい。実際のCFからドイツ税務還付161を除き、改革・分離関連支払17+14+63を加え戻すためだ。調整後という言葉だけで、常に実際の現金より大きくなると考えてはいけない。
ただし実際の還元は、配当498+自己株買い807=1,305百万ドル。同期間の簡易FCF901を404百万ドル上回る。これは直ちに資金不足を意味しないが、サービス成長だけで還元まで全額賄えている、という説明にもならない。
運転資本も両方向に動いている。同じ1〜9月のCF表では売上債権の増加が347百万ドルの流出、契約資産・負債の変化は154百万ドルの流入だった。前受け的な資金は資金繰りを助けるが、将来の工事・サービス提供義務を伴う。期末残高の変化だけでは買収・為替の影響も混ざるため、ここではCF表の増減を使った。Otis発表・CF表と調整後FCF照合表
9月末の現金は866百万ドル。短期借入等1,224と長期負債7,051から現金を引いた本稿のネット有利子負債は7,409百万ドルで、2025年末の6,860百万ドルより増えた。リース負債はこの式に含めない。総自己資本はマイナスであるため、通常のROEを「高資本効率」の根拠には使えない。自社株買いなど累積的な資本取引を踏まえ、継続的なCF、利払い・満期、追加投資の回収を直接見る方が実態に近い。同発表・貸借対照表/2025年年報・PDF51頁
成長条件と、見方を変える確認点
会社の2026年通期見通しは売上151〜153億ドル、調整後EPS4.01〜4.05ドル。調整後FCFは従来15.0〜15.5億ドルから約15億ドルへ幅の上限が下がった。これは会社予想であり、本稿の予測ではない。9か月実績の単純年率換算も行わない。10月28日会社見通し
以下は筆者の条件整理であり、確率や目標株価を付けた予測ではない。
- 基準ケース:保守・更新が伸び、新設の採算が弱い状態が続く。成長投資の費用を吸収しながら、サービスの前年同期比利益率と、還付を除いた現金回収が改善するかを見る。
- 強気ケース:契約維持・値上げ・現場生産性が同時に改善し、更新の受注が利益を伴って売上になる。サービスの増収が利益と現金にそろって波及すれば、継続収入の価値をより強く評価できる。
- 弱気ケース:価格競争、人件費、工事原価の上振れで、台数や受注残が増えても採算が戻らない。売上債権の回収遅延と純負債の増加が重なる場合、還元余力の見方を下げる。
感応度を一つだけ示す。Q3サービス売上2,616百万ドルを固定し、利益率が1ポイント動くと、部門利益は26.16百万ドル変わる。これは売上・構成・費用を独立に動かせると仮定した機械的試算で、翌四半期の利益予想ではない。小さな利益率の変化が、保守契約数の増加と同じくらい重要になり得ることを示す。
次回確認したいのは、①保守・修理と更新の別々の有機成長、②サービス利益率の前年同期比、③新設の価格・構成と工事原価見積り、④売上債権と契約資金の回収、⑤税務還付が減った後のCFと還元の釣り合い。現時点では地域別契約の採算・解約率や更新案件ごとの回収期間まで確認できておらず、保守基盤の大きさだけから将来収益を確定できない。
Otisを理解する鍵は、エレベーター需要の大きさだけでなく、長い顧客接点を利益と現金へ変える力にある。強い事業であることと、どの株価でも魅力的な投資になることは別である。